人人魚


彼女は人人魚です。
3分の2以上が人間で
先の方だけ魚なので。

天然のフィンがついているわけですから、
好きな所、どこへでも行けます。
肺が拳くらいに縮んでしまうほどの深海へも、
よく潜ります。

雨が水面を打つ様子が好きだそうで、
天気が崩れ始めると、
上の方まで上がって来て、
じっと立ち泳ぎをして待っています。
そこで彼女に会うことができます。

最近では、
海水と自分の区別がつかなくなって来たとぼやいていました。
それは長いこと水中にいるわけですから、
だんだん肌がふやけてきて
うっかりすると意識が染みだして
海洋全体と溶け合ってしまうのだそうです。

それを聞いて私は少し、うらやましくなりました。

自分を放りなげたいような気分の時、
海に 私を受けとってもらえたら、引き受けてもらえたら
どんなにか楽ちんでしょう。
膨大な大波小波の中でただ、たゆたうのだ。

でもやっぱり、
海となった私の中を、石鯛やミジンコに泳ぎ回られるのは
我慢ならないし、
時々しっけた肌をタオルで拭いてさっぱりしたくなるだろうしなあ。

海と私の違いの部分に、
未練があります。
石鯛は刺身で食べたい。
見てほしい。
触れたい。

そう口に出してみると、
彼女は笑ってそりゃそうよねと言います。
人人魚はドライなのです。
それから彼女は
足の甲のウロコをヒラヒラさせて
深く深く潜ってしまうのです。ショート×ショート

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